頻《しき》りに勧められるので、私はその大きな急拵えのおはぎを二つか三つ食べて帰った。
 日暮時うちに帰って見ると、母は私のために夕餉《ゆうげ》の御馳走を拵えて待っていて呉れたが、おはぎのおかげで私は最早やそれを食べることが出来なかった。それを見て、母は私に、お前は人情負けをするからいかん、なんでそんな物を無理に食べたかと、小言めいた物の言い方をしたが、しかしあのおはぎは、私にとっては腹一杯食べずには居られなかったものであり、今になって考えて見ると、あれは私が生涯のうち頂いたものの中で最も有り難かった物の一つである。
 人間は人情を食べる動物である。少くとも私は、人から饗応《きょうおう》を受ける場合、食物と一緒に相手方の感情を味うことを免れ得ない人間である。で、相手が自分の住んでいる環境の中で、能《あた》う限りの才覚を働かせて献げて呉れた物であるなら、たといそれが舌にはまずく感覚されようとも、私の魂はそれを有り難く頂く。それと逆に、たといどんな結構な御馳走であろうとも、犬にでも遣るような気持で出された物は、食べても実際うまくない。折角御馳走を頂きながら、私は少しも感謝の情を起さず、むしろ
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