とを覚えている。今では幼児のための絵本が沢山に出来ていて、普通の家庭に育った子供なら、早くから、色々の彩色を施した美しい絵本になじんでいるけれども、半世紀以上の昔である私の幼年時代には、そんなものは想像することも出来なかった。それに私の家は、私の父が家督を継いだ時、譲られたものは、家屋敷の外は質札ばかりであった、と云われるほどあって、書籍などいうものは殆ど一冊も無かった。で、偶々《たまたま》叔母のうちの二階で手にすることの出来た本は、私に非常な興味を感じさせた。それが何の本であったかは、今では想像して見ることすら出来ない。ただ私は、それが和綴《わとじ》の本で、中には色々な植物の花の絵などがあったのを、覚えているだけである。その時私はこれに非常な興味を覚えたものと見え、余所《よそ》で泊ったことなどまだ一度もないのに、今日はここへ泊ると云い出した。どうかなと案じながらも、祖母が私を残して帰った時、晩には藷《いも》を煮て食べさせて上げると云って、叔母は屋敷つづきの畑へ私を連れ出し、薩摩藷《さつまいも》を掘って見せた。蔓《つる》につれて黒い土の中から赤い藷がボコリボコリと出て来るのを見たのは、
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