声なり去声なりの字を用ふべきであり、また第三聯は、もし第二聯で上声の字を用ひたとすれば、ぜひ去声の字を用ひねばならぬと云ふ風に、細かく四声の使ひ分けをする所まで立ち入り、唐代の詩人が音律の上に費したであらうやうな様々の苦心を、千載を距てた今日、全く言語を異にする異邦人たる日本人が、一々細かに吟味して、それらをば自分の作る詩の上に出来得るかぎり再現しようなどと努力することは、特別の専門家は別として、普通の人にとつては全く意味のなき徒労であらう。
それどころか、従来漢詩を作る人が誰でも気にして来た平仄の規則なども、場合によつては、無視して差支ないことであらう。それが昭和の日本人の作る漢詩の心得である。かういふ風に私は考へる。
例へば西郷南洲の逸題に、
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幾歴辛酸志始堅 幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し、
丈夫玉碎慚甎全[#「甎全」に白丸傍点] 丈夫玉砕、甎全《センゼン》を慚づ。
吾家遺法人知否 我が家の遺法、人知るや否や、
不爲兒孫買美田 児孫の為めに美田を買はず。
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と云ふのがあり、甎全は瓦全としたいところを、平
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