して烟渚に泊せば、
日暮客愁新    日暮れて客愁新たなり。
野曠天低樹    野曠うして天《そら》樹に低《た》れ、
江清月近人    江清うして月人に近し。
[#ここで字下げ終わり]

 小杉放庵の『唐詩及唐詩人』には、この詩の起句を「烟渚に泊す[#「泊す」に白丸傍点]」と読み切つてあり、結句を「月人に近づく[#「近づく」に白丸傍点]」と読ませてある。しかし私は、「烟渚に泊せば[#「泊せば」に白丸傍点]」と読み続けたく、また「月人に近し[#「近し」に白丸傍点]」と、月を静かなものにして置きたい。
 なほ野曠天低樹は、舟の中から陸上を望んだ景色であり、そこの樹はひろびろとした野原の果てにある樹なので、遥に人に遠い。(近ければ野曠しと云ふことにならない。)次に江清月近人の方は、舟の中から江を望んだ景色であらう。そして江清しと云ふは、昼間見た時は濁つてゐたのに、今は月光のため浄化されてゐるのであらう。月はもちろん明月で、盥《たらひ》のやうに大きく、ひどく近距離に感じられるのである。私は明月に対し、月が近いとは感じても、月が自分の方へ近づいて来ると感じ〔た〕ことはない。で月人に近しと読み、月
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