》殿《デン》に満つは間違であらう。ここの春《はる》殿《デン》は、論語に「暮春には春服既に成り云々」とある場合などと同じく、春は殿の形容詞である。春満殿となつて居るのではないから、強ひて満春殿を「春殿《はるデン》に満つ」などと読ます必要は絶対にない。「惟鷓鴣の飛ぶ有るのみ[#「のみ」に白丸傍点]」も、私はその調子を好まない。私は全体の詩を次のやうに読む。
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越王勾践、呉を破りて帰るや、
義士家に還りて尽く錦衣、
宮女花の如く春殿《シュンデン》に満ちしかど、
只今惟だ鷓鴣の飛ぶ有り。
[#ここで字下げ終わり]
平野秀吉著唐詩選全釈および簡野道明著唐詩選詳説には、第二句を「義士家に還りて尽く錦衣す」と読ましてあるが、ここは普通の場合と違ひ、呼吸が第二句から第三句へ一気に続いて居るのだから、錦衣なりとか錦衣すと云ふやうな悪調子を避け、ただ錦衣と名詞のままで打ち留め、更に第三句を「春殿に満ちしかど」と過去形に読ませ、その過去形へ第二句をも持たせ掛くべきであり、かくして始めて全体の詩の意味が日本文として通じ易くなり、調子もその方が却て好くなるのである。
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