げに臥《ね》てゐる彼を冷やかな心になつて考へながら、子供の仕打ちを胸の奥底では justify してゐるらしく彼には考へられた。
彼は子供の方に背を向けて、そつちには耳を仮《か》さずに寝入つてしまはうと身構へた。
子供の口小言《くちこごと》は然し耳からばかりでなく、喉《のど》からも、胸からも、沁み込んで来るやうに思はれた。彼は少しづゝいら/\し出した。しまつたと思つたけれども、もう如何《どう》する事も出来ない。是れが彼の癖である。普段滅多に怒ることのない彼には、自分で怒りたいと思つた様々の場合を、胸の中の棚のやうな所に畳んで置いたが、どうかすると、それが下らない機会に乗じて一度に激発した。さうなると彼は、彼自身を如何《どう》する事も出来なかつた。はら/\して居る中に、その場合々々に応じて、一番危険な、一番破壊的な、一番馬鹿らしい仕打ちを夢中でして退《の》けて、後になつてから本当に臍《ほぞ》を噛みたいやうなたまらない後悔に襲はれるのだ。
妻は、相かはらず煮え切らない小言を、云ふでもなし云はぬでもなしと云ふ風で、その癖中々しつツこく[#「しつツこく」に傍点]、子供を相手にしてゐた。い
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