分の心を弄ばした。生全体の細かい強い震動が、大奏楽の Finale の楽声のやうに、雄々しく狂ほしく互に打ち合つて、もう一歩で回復の出来ない破滅を招くかとも思はれるその境を、彼の心は痛ましくも泣き笑ひをしながら小躍《こをど》りして駈けまはつてゐた。
然しさうかうする中に癇癪《かんしやく》の潮はその頂上を通り越して、やゝ引潮になつて来た。どんな猛烈な事を頭に浮べて見ても、それには前ほどな充実した真実味が漂つてゐなくなつた。考へただけでも厭やな後悔の前兆が心の隅に頭を擡《もた》げ始めた。
「出したけりや出したら好いぢやないか」
この言葉を聞くと妻は釣り込まれて、立上らうとした様子であつたが、思ひ返したらしく又坐り直して始めて彼の方を振りかへりながら、
「でも貴方がお入れになつて私が出してやつたのでは、私がいゝ子にばかりなる訳ですから」
と答へた。それが彼には、彼を怖れて云つた言葉とはどうしても聞こえないで、単に復讐《ふくしう》的な皮肉とのみ響いた。
何が起るか解らないやうな沈黙が暫くの間二人の間に続いた。
その間彼は自分の呼吸が段々静まつて行くのを、何んだか心淋しいやうな気持で注
前へ
次へ
全15ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング