を乗り出して、子供を寝かしつけて居た彼は、妻でなければ子供が承知しないのだと云ふことを簡単に告げて、床の中にもぐり込んだ。冬の真夜中の寒さは両方の肩を氷のやうにしてゐた。
 妻がなだめたならばと云ふ期待は裏切られて、彼は失望せねばならなかつた。妻がやさしい声で、真夜中だからおとなしくして寝入るやうにと云へば云ふほど、子供は鼻にかゝつた甘つたれ声で駄々をこねだした。枕を裏返せとか、裏返した枕が冷たいとか、袖《そで》で涙をふいてはいけないとか、夜着が重いけれども、取り除《の》けてはいけないとか、妻がする事、云ふ事の一つ/\にあまのじやく[#「あまのじやく」に傍点]を云ひつのるので、初めの間は成るべく逆《さか》らはぬやうにと、色々云ひなだめてゐた妻も、我慢がし切れないと云ふ風に、寒さに身を慄《ふる》はしながら、一言二言叱つて見たりした。それを聞くと子供はつけこむやうに殊更声を曇らしながら身悶《みもだ》えした。
 彼は鼻の処まで夜着に埋まつて、眼を大きく開いて薄ぼんやりと見える高い天井を見守つたまゝ黙つてゐた。晩《おそ》くまで仕事をしてから床に這入《はい》つたので、重々しい睡気《ねむけ》が頭の
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