ゝはる学に於ては、人間の本性なる誇大的傾向から去勢されてゐなければならないのだ。
幻覚の持つ有頂天を無惨にも踏み躙る冷やかな徹視。彼れ科学者こそは、謂ひ得べくは、まことの自然を創造するものだ。人間を裏切つて自然への降伏を敢てするものは彼れだ。
水に於ては死水を、大気に於ては赤道直下を、大地に於ては細菌なき土壌を、而して人生に於ては感激なき生活を。
古人が悪魔と名けたところのものは、即ち近代が科学者と呼ぶところのものだ。人間が自覚の初期に於て、誇大した自己を自然に向つて投写したのが、神だつた。又その誇大性から人間を自然に還元しようとする精神を具体化したのが悪魔だつた。それ故に人間は神を崇び悪魔を避けた。然しながら自覚の成熟と共に、神は人間の中に融けこんで芸術的衝動となり、悪魔も亦人間の中に融けこんで批評的精神となつたのだ。
*
然らば科学者は畢竟人間的進軍の中に紛れこんだ敵の間諜に過ぎないのか。さうだ。而してさうではない。
人間は既に誇大されたものを自然そのものであるかの如く思ひこんで、それを更らに誇大することはないか。
無いどころではない。余りにそれは
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