「おゝこの野の花は絵の花の如く美しい」
 画家は彼れを呼んで済度すべからざる俗物といふだらう。それが画家に取つての最上の Compliment であるのを忘れつゝ。
 自然の一部だけを誇大したその結果を自然の全部に投げかけて、自然の前に己れの無力を痛感する画家に取つて、神の如き野の花が、一片の画の花に比較されるのを見るのは、許すべからざる冒涜と感じられよう。かゝる比較を敢てして、したり顔するその男が、人間たる資格を欠くものとさへ思はれよう。
 然し、画家よ、暫らく待て。彼れは君の最上の批評家ではなかつたか。公平な、而して、公平の結果の賞讚をためらひなく君に捧げるところの。
 その理由をいふのは容易だ。彼れは君が発見した色彩の美が自然の有する色彩の美よりも、更らに美しいと証明したに過ぎないのだから。而かも彼れはそれを阿諛なしにいつてゐるのだ。画家の仕事に対するこれ程な承認が何所にあらう。

         *

 私は既にいふべきものゝ全部をいつてしまつたのを感ずる。青年の言葉によつて与へられた暗示は私にこれだけのことを考へさせた。而しそれを携へて私は私自身の分野に帰つて行く。
 芸術
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