らばり出て、ある限りが粉微塵《こなみじん》になりでもすれば……
 はたしてそれが来た。前扉はぱくんと大きく口を開いてしまった。同時に、三段の棚が、吐き出された舌のように、長々と地面にずり出した。そしてそれらの棚の上にうんざりと積んであった牛乳瓶は、思ったよりもけたたましい音を立てて、壊れたり砕けたりしながら山盛りになって地面に散らばった。
 その物音には彼もさすがにぎょっとしたくらいだった。子供はと見ると、もう車から七、八間のところを無二無三に駈《か》けていた。他人の耳にはこの恐ろしい物音が届かないうちに、自分の家に逃げ込んでしまおうと思い込んでいるようにその子供は走っていた。しかしそんなことのできるはずがない。彼が、突然地面の上に現われ出た瓶の山と乳の海とに眼を見張った瞬間に、道の向こう側の人垣を作ってわめき合っていた子供たちの群れは、一人残らず飛び上がらんばかりに驚いて、配達車の方を振り向いていた。逃げかけていた子供は、自分の後に聞こえたけたたましい物音に、すくみ上がったようになって立ち停った。もう逃げ隠れはできないと観念したのだろう。そしてもう一度なんとかして自分の失敗を彌縫《びほう》する試みでもしようと思ったのか、小走りに車の手前まで駈けて来て、そこに黙《だま》ったまま立ち停った。そしてきょろきょろとほかの子供たちを見やってから、当惑し切ったように瓶の積み重なりを顧みた。取って返しはしたものの、どうしていいのかその子供には皆目見当がつかないのだ、と彼は思った。
 群がり集まって来た子供たちは遠巻きにその一人の子供を取り巻いた。すべての子供の顔には子供に特有な無遠慮な残酷な表情が現われた。そしてややしばらく互いに何か言い交していたが、その中の一人が、
「わーるいな、わるいな」
 とさも人の非を鳴らすのだという調子で叫びだした。それに続いて、
「わーるいな、わるいな。誰かさんはわーるいな。おいらのせいじゃなーいよ」
 という意地悪げな声がそこにいるすべての子供たちから一度に張り上げられた。しかもその糺問《きゅうもん》の声は調子づいてだんだん高められて、果ては何処《どこ》からともなくそわそわと物音のする夕暮れの町の空気が、この癇高《かんだか》な叫び声で埋められてしまうほどになった。
 しばらく躊躇《ちゅうちょ》していたその子供は、やがて引きずられるように配達車の所
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