までやって来た。もうどうしても遁《のが》れる途《みち》がないと覚悟をきめたものらしい。しょんぼりと泣きも得せずに突っ立ったそのまわりには、あらん限りの子供たちがぞろぞろと跟《つ》いて来て、皮肉な眼つきでその子供を鞭《むちう》ちながら、その挙動の一つ一つを意地悪げに見やっていた。六つの子供にとって、これだけの過失は想像もできない大きなものであるに違いない。子供は手の甲を知らず知らず眼の所に持って行ったが、そうしてもあまりの心の顛倒《てんとう》に矢張り涙は出て来なかった。
彼は心まで堅くなってじっとして立っていた。がもう黙ってはいられないような気分になってしまっていた。肩から手にかけて知らず知らず力がこもって、唾《つば》をのみこむとぐっと喉が鳴った。その時には近所合壁から大人《おとな》までが飛び出して来て、あきれた顔をして配達車とその憐《あわれ》な子供とを見比べていたけれども、誰一人として事件の善後を考えてやろうとするものはないらしく、かかわり合いになるのをめんどうくさがっているように見えた。そのていたらくを見せつけられると彼はますます焦立《いらだ》った。いきなり飛びこんで行って、そこにいる人間どもを手あたりしだいになぐりつけて、あっけにとられている大人子供を尻眼にかけながら、
「馬鹿野郎! 手前たちは木偶《でく》の棒だ。卑怯者《ひきょうもの》だ。この子供がたとえばふだんいたずらをするからといって、今もいたずらをしたとでも思っているのか。こんないたずらがこの子にできるかできないか、考えてもみろ。可哀そうに。はずみから出たあやまちなんだ。俺《おれ》はさっきから一伍一什《いちぶしじゅう》をここでちゃんと見ていたんだぞ。べらぼうめ! 配達屋を呼んで来い」
と存分に痰呵《たんか》を切ってやりたかった。彼はいじいじしながら、もう飛び出そうかもう飛び出そうかと二の腕をふるわせながら青くなって突っ立っていた。
「えい、退《ど》きねえ」
といって、内職に配達をやっている書生とも思わしくない、純粋の労働者肌の男が……配達夫が、二、三人の子供を突き転ばすようにして人ごみの中に割りこんで来た。
彼はこれから気のつまるようないまいましい騒ぎがもちあがるんだと知った。あの男はおそらく本当に怒るだろう。あの泣きもし得ないでおろおろしている子供が、皆んなから手柄顔に名指されるだろう。配達夫は
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