かも忘れてそっちの方に駈け出しました。若い男というのは、土地の者ではありましょうが、漁夫とも見えないような通りがかりの人で、肩に何か担《にな》っていました。
「早く……早く行って助けて下さい……あすこだ、あすこだ」
私は、涙を流し放題に流して、地《じ》だんだをふまないばかりにせき立てて、震える手をのばして妹の頭がちょっぴり水の上に浮《うか》んでいる方を指しました。
若い男は私の指す方を見定めていましたが、やがて手早く担っていたものを砂の上に卸《おろ》し、帯をくるくると解いて、衣物《きもの》を一緒にその上におくと、ざぶりと波を切って海の中にはいって行ってくれました。
私はぶるぶる震えて泣きながら、両手の指をそろえて口の中へ押《おし》こんで、それをぎゅっと歯でかみしめながら、その男がどんどん沖の方に遠ざかって行くのを見送りました。私の足がどんな所に立っているのだか、寒いのだか、暑いのだか、すこしも私には分りません。手足があるのだかないのだかそれも分りませんでした。
抜手《ぬきて》を切って行く若者の頭も段々小さくなりまして、妹との距《へだ》たりが見る見る近よって行きました。若者の身の
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