まわりには白い泡がきらきらと光って、水を切った手が濡《ぬ》れたまま飛魚《とびうお》が飛ぶように海の上に現われたり隠れたりします。私はそんなことを一生懸命に見つめていました。
とうとう若者の頭と妹の頭とが一つになりました。私は思わず指を口の中から放して、声を立てながら水の中にはいってゆきました。けれども二人がこっちに来るののおそいことおそいこと。私はまた何《なん》の訳もなく砂の方に飛び上りました。そしてまた海の中にはいって行きました。如何《どう》してもじっとして待っていることが出来ないのです。
妹の頭は幾度《いくど》も水の中に沈みました。時には沈み切りに沈んだのかと思うほど長く現われて来ませんでした。若者も如何かすると水の上には見えなくなりました。そうかと思うと、ぽこんと跳《は》ね上るように高く水の上に現われ出ました。何んだか曲泳《きょくおよ》ぎでもしているのではないかと思われるほどでした。それでもそんなことをしている中《うち》に、二人は段々岸近くなって来て、とうとうその顔までがはっきり見える位になりました。が、そこいらは打寄せる波が崩れるところなので、二人はもろともに幾度も白い泡の渦巻《うずまき》の中に姿を隠しました。やがて若者は這《は》うようにして波打際にたどりつきました。妹はそんな浅みに来ても若者におぶさりかかっていました。私は有頂天《うちょうてん》になってそこまで飛んで行きました。
飛んで行って見て驚いたのは若者の姿でした。せわしく深く気息《いき》をついて、体はつかれ切ったようにゆるんでへたへたになっていました。妹は私が近づいたのを見ると夢中で飛んで来ましたがふっと思いかえしたように私をよけて砂山の方を向いて駈け出しました。その時私は妹が私を恨《うら》んでいるのだなと気がついて、それは無理のないことだと思うと、この上なく淋《さび》しい気持ちになりました。
それにしても友達のMは何所《どこ》に行ってしまったのだろうと思って、私は若者のそばに立ちながらあたりを見廻すと、遥かな砂山の所をお婆様《ばあさま》を助けながら駈け下りて来るのでした。妹は早くもそれを見付けてそっちに行こうとしているのだとわかりました。
それで私は少し安心して、若者の肩に手をかけて何かいおうとすると、若者はうるさそうに私の手を払いのけて、水の寄せたり引いたりする所に坐《すわ》りこんだま
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