縦令《たとえ》永年見慣れて来た早田でも、事業のうえ、競争者の手先と思わなければならぬという意識が、父の胸にはわだかまっているのだ。いわば公私の区別とでもいうものをこれほど露骨にさらけ出して見せる父の気持ちを、彼はなぜか不快に思いながらも驚嘆せずにはいられなかった。
 一行はまた歩きだした。それからは坂道はいくらもなくって、すぐに広々とした台地に出た。そこからずっとマッカリヌプリという山の麓《ふもと》にかけて農場は拡がっているのだ。なだらかに高低のある畑地の向こうにマッカリヌプリの規則正しい山の姿が寒々と一つ聳《そび》えて、その頂きに近い西の面だけが、かすかに日の光を照りかえして赤ずんでいた。いつの間にか雲一ひらもなく澄みわたった空の高みに、細々とした新月が、置き忘れられた光のように冴《さ》えていた。一同は言葉少なになって急ぎ足に歩いた。基線道路と名づけられた場内の公道だったけれども畦道《あぜみち》をやや広くしたくらいのもので、畑から抛《ほう》り出された石ころの間なぞに、酸漿《ほうずき》の実が赤くなってぶら下がったり、轍《わだち》にかけられた蕗《ふき》の葉がどす黒く破れて泥にまみれたりし
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