立てさすつもりで談判をするなどというのは、馬鹿馬鹿しいくらい私にはいやな気持ちです」
 彼は思い切ってここまで突っ込んだ。
「お前はいやな気持ちか」
「いやな気持ちです」
「俺《わ》しはいい気持ちだ」
 父は見下だすように彼を見やりながら、おもむろに眼鏡をはずすと、両手で顔を逆《さか》なでになで上げた。彼は憤激ではち切れそうになった。
「私はあなたをそんなかただとは思っていませんでしたよ」
 突然、父は心の底から本当の怒りを催したらしかった。
「お前は親に対してそんな口をきいていいと思っとるのか」
「どこが悪いのです」
「お前のような薄ぼんやりにはわかるまいさ」
 二人の言葉はぎこちなく途切れてしまった。彼は堅い決心をしていた。今夜こそは徹底的に父と自分との間の黒白をつけるまでは夜明かしでもしよう。父はややしばらく自分の怒りをもて余しているらしかったが、やがて強いてそれを押さえながら、ぴちりぴちりと句点でも切るように話し始めた。
「いいか。よく聞いていて考えてみろ。矢部は商人なのだぞ。商売というものはな、どこかで嘘《うそ》をしなければ成り立たん性質のものなのだ。昔から士農工商というが、
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