顔な愛想に対してにべなく応じた。父はすぐ元の問題に返った。
「それは早田からお聞きのことかもしれんが、おっしゃった値段は松沢農場に望み手があって折り合った値段で、村一帯の標準にはならんのですよ。まず平均一段歩二十円前後のものでしょうか」
 矢部は父のあまりの素朴さにユウモアでも感じたような態度で、にこやかな顔を見せながら、
「そりゃ……しかしそれじゃ全く開墾費の金利にも廻りませんからなあ」
 と言ったが、父は一気にせきこんで、
「しかし現在、そうした売買になってるのだから。あなた今開墾費とおっしゃったが、こうっと、お前ひとつ算盤《そろばん》をおいてみろ」
 さきほどの荒い言葉の埋合せでもするらしく、父はやや面をやわらげて彼の方を顧みた。けれども彼は父と同様珠算というものを全く知らなかった。彼がやや赤面しながらそこらに散らばっている白紙と鉛筆とを取り上げるのを見た父は、またしても理材にかけての我が子の無能さをさらけ出したのを悔いて見えた。けれども息子の無能な点は父にもあったのだ。父は永年国家とか会社銀行とかの理財事務にたずさわっていたけれども、筆算のことにかけては、極度に鈍重だった。その
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