きをする場面にぶつかることができたのだ。父は長い間の官吏生活から実業界にはいって、主に銀行や会社の監査役をしていた。そして名監査役との評判を取っていた。いったい監査役というものが単に員に備わるというような役目なのか、それとも実際上の威力を営利事業のうえに持っているものなのかさえ本当に彼にははっきりしていなかった。また彼の耳にはいる父の評判は、営業者の側から言われているものなのか、株主の側から言われているものなのか、それもよくはわからなかった。もし株主の側から出た噂《うわさ》ならだが、営業者間の評判だとすると、父は自分の役目に対して無能力者だと裏書きされているのと同様になる。彼はこれらの関係を知り抜くことには格別の興味をもっていたわけではなかったけれども、偶然にも今日は眼《ま》のあたりそれを知るようなはめになった自分を見いだしたのだ。まだ見なかった父の一面を見るという好奇心も動かないではなかった。けれどもこれから展開されるだろう場面の不愉快さを想像することによって、彼の心はどっちかというと暗くされがちだった。
 矢部は父の質問に気軽く答え始めた。その質問の大部分が矢部にとっては物の数にも
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