って、麦稈《むぎわら》を積み乗せただけの狭い掘立小屋の中には、床も置かないで、ならべた板の上に蓆《むしろ》を敷き、どの家にも、まさかりかぼちゃが大鍋に煮られて、それが三度三度の糧《かて》になっているような生活が、開墾当時のまま続けられているのを見ると、彼はどうしてもあるうしろめたさを感じないではいられなかったのだが、矢部はいったいそれをどう見ているのだろうと思った。しかし彼はそれについては何も言わなかった。
「ともかくこれから一つ帳簿のほうのお調べをお願いいたしまして……」
 その人の癖らしく矢部はめったに言葉に締めくくりをつけなかった。それがいかにも手慣れた商人らしく彼には思われた。
 帳簿に向かうと父の顔色は急に引き締まって、監督に対する時と同じようになった。用のある時は呼ぶからと言うので監督は事務所の方に退けられた。
 きちょうめんに正座して、父は例の皮表紙の懐中手帳を取り出して、かねてからの不審の点を、からんだような言い振りで問いつめて行った。彼はこの場合、懐手《ふところで》をして二人の折衝を傍観する居心地の悪い立場にあった。その代わり、彼は生まれてはじめて、父が商売上のかけひ
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