むものがあるならば、私はこの上更にいうべき何物をも持たぬだろう。本当をいえば、誤解を恐れるなら、私は始めから何事をもいわぬがいいのだ。私は私の柄にもない不遜《ふそん》な老婆親切をもうやめねばならぬ。
一五
人間は人間だ。野獣ではない。天使でもない。人間には人間が大自然から分与された本能があると私はいった。それならその本能とはどんなものであるかと反問されるだろう。私は当然それに答えるべき責任を持っている。私は貧しいなりにその責任を果そう。私の小さな体験が私に書き取らせるものをここに披瀝《ひれき》して見よう。
人間によって切り取られた本能の流れを私は今まで漫然とただ本能と呼んでいた。それは一面に許さるべきことである。人間の有する本能もまた大自然の本能の一部なのだから。然しここまで私の考察を書き進めて来ると、私はそれを特殊な名によって呼ぶのを便利とする。
人間によって切り取られた本能――それを人は一般に愛と呼ばないだろうか。老子が道の道とすべきは常の道にあらずといったその道も或《あるい》はこの本能を意味するのかも知れない。孔子が忠信のみといったその忠信も或はこれを意
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