中楼閣が築き上げられる。肉と霊とを峻別《しゅんべつ》し得《う》るものの如く考えて、その一方に偏倚《へんい》するのを最上の生活と決めこむような禁慾主義の義務律法はそこに胚胎《はいたい》されるのではないか。又本能を現実のきびしさに於て受取らないで、センティメンタルに考えるところに肉慾の世界という堕落した人生観が仮想される。この野獣の過去にまでの帰還は、また本能の分裂が結果するところのもので、人間を人間としての荘厳の座から引きおろすものではないか。私の生活が何等かの意味に於てその緊張度を失い、現実への安立《あんりゅう》から知らず知らず未来か過去かへ遠ざかる時、必ずかかる本能の分裂がその結果として現われ出るのを私はよく知っている。私はその境地にあって必ず何等かの不満を感ずる。そして一歩を誤れば、その不満を医《いや》さんが為めに、益※[#二の字点、1−2−22]《ますます》本能の分裂に向って猪突《ちょとつ》する。それは危い。その時私は明かに自己を葬るべき墓穴を掘っているのだ。それを何人も救ってくれることは出来ない。本当にそれを救い得るのは私自身のみだ。
私の意味する本能を逆用して、自滅の方に進
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