欲する。その衝動を社会は今|継子《ままこ》扱いにはしているけれども――そして社会なるものは性質上多分永久にそうであろうけれども――その何処かの一隅には必ず潜勢力としてそれが伏在していなければならぬ。社会は社会自身の意志に反して絶えず進歩し創造しつつあるから。
 私が私自身になり切る一元の生活、それを私は久しく憧《あこが》れていた。私は今その神殿に徐《おもむ》ろに進みよったように思う。

        一二

 ここまでは縦令《たとい》たどたどしいにせよ、私の言葉は私の意味しようとするところに忠実であってくれた。然《しか》しこれから私が書き連ねる言葉は、恐らく私の使役に反抗するだろう。然し縦令反抗するとも私はこれで筆を擱《お》くことは出来ない。私は言葉を鞭《むちう》つことによって自分自身を鞭って見る。私も私の言葉もこの個性表現の困難な仕事に対して蹉《つまず》くかも知れない。ここまで私の伴侶《はんりょ》であった(恐らくは少数の)読者も、絶望して私から離れてしまうかも知れない。私はその時読者の忍耐の弱さを不満に思うよりも私自身の体験の不十分さを悲しむ外《ほか》はない。私は言葉の堕落をも尤《
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