育も、学術も、産業も、大体に於てはこの智的生活の強調と実践とにその目標をおいている。だから若し私がこの種の生活にのみ安住して、社会が規定した知識と道徳とに依拠していたならば、恐らく社会から最上の報酬を与えられるだろう。そして私の外面的な生存権は最も確実に保障されるだろう。そして社会の内容は益※[#二の字点、1−2−22]《ますます》平安となり、潤色され、整然たる形式の下に統合されるだろう。
 然し――社会にもその動向は朧《おぼ》ろげに看取される如く――私には智的生活よりも更に緊張した生活動向の厳存するのをどうしよう。私はそれを社会生活の為めに犠牲とすべきであるか。社会の最大の要求なる平安の為めに、進歩と創造の衝動を抑制すべきであるか。私の不満は謂《いわ》れのない不満であらねばならぬだろうか。
 社会的生活は往々にして一個人のそれより遅鈍であるとはいえ、私の持っているものを社会が全然欠いているとは思われない。何故ならば、私自身が社会を組立てている一分子であるのは間違いのないことだから。私の欲するところは社会の欲するところであるに相違ない。そして私は平安と共に進歩を欲する。潤色と共に創造を
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