に取っては決して道徳的行為ではない。何故ならば、道徳的である為めには私は努力をしていなければならないからだ。
 智的生活は反省の生活であるばかりでなく努力の生活だ。人類はここに長い経験の結果を綜合《そうごう》して、相共に依拠すべき範律を作り、その範律に則《のっと》って自己を生活しなければならぬ。努力は実に人を石から篩《ふる》い分ける大事な試金石だ。動植物にあってはこの努力という生活活動は無意識的に、若しくは苦痛なる生活の条件として履行されるだろう。然し人類は努力を単なる苦痛とのみは見ない。人類に特に発達した意識的動向なる道徳性の要求を充《み》たすものとして感ぜられる。その動向を満足する為めに人類は道徳的努力を伴う苦痛を侵すことを意としない。この現われは人類の歴史を荘厳なものにする。
 誰か智的生活の所産なる知識と道徳とを讃美《さんび》しないものがあろう。それは真理に対する人類の倦《う》むことなき精進の一路を示唆する現象だ。凡《すべ》ての懐疑と凡ての破壊との間にあって、この大きな力は嘗《かつ》て磨滅したことがない。かのフェニックスが火に焼かれても、再び若々しい存在に甦《よみがえ》って、絶
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