えず両翼を大空に向って張るように、この精進努力の生活は人類がなお地上の王なる左券《さけん》として、長くこの世に栄えるだろう。
 然し私はこの生活に無上の安立《あんりゅう》を得て、更に心の空《むな》しさを感ずることがないか。私は否と答えなければならない。私は長い廻り道の末に、尋ねあぐねた故郷を私の個性に見出した。この個性は外界によって十重二十重《とえはたえ》に囲まれているにもかかわらず、個性自身に於て満ち足らねばならぬ。その要求が成就されるまでは絶対に飽きることがない。智的生活はそれを私に満たしてくれたか。満たしてはくれなかった。何故ならば智的生活は何といっても二元の生活であるからだ。そこにはいつでも個性と外界との対立が必要とせられる。私は自然若しくは人に対して或る身構えをせねばならぬ。経験する私と経験を強《し》いる外界とがあって知識は生れ出る。努力せんとする私とその対象たる外界があって道徳は発生する。私が知識そのものではなく道徳そのものではない。それらは私と外界とを合理的に繋《つな》ぐ橋梁《きょうりょう》に過ぎない。私はこの橋梁即ち手段を実在そのものと混同することが出来ないのだ。私はま
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