中から必ず自己を外界に対して律すべき規準を造り出そうとする動向は、その内容(緊張度の増減は論じないで)に於て変化することなく自存するのを知っている。然し道徳性と道徳とが全く異った観念であるのは、誰でも容易に判《わか》る筈《はず》だ。私に取っては、道徳の内容の変化するのは少しも不思議ではない。又困ることでもない。ただ変えようと思っても変えることの出来ないのは、道徳を生み出そうとする動向だ。そしてその内容が変化すると仮定するのは私に取って淋《さび》しいことだ。然し幸に私はそれを不安に思う必要はない。私は自分の経験によってその不易を十分に知っているから。
 知識も道徳も変化する。然しそれが或る期間固定していて、私の生活の努力がその内容を充実し得ない間は、それはどこまでも、知識として又道徳として厳存する。然し私の生活がそれらを乗り越してしまうと、知識も道徳も習性の閾《しきい》の中に退き去って、知識|若《も》しくは道徳としての価値が失われてしまう。私が無意識に、ただ外界の刺戟にのみ順応して行っている生活の中にも、或《あるい》は他の或る人が見て道徳的行為とするものがあるかも知れない。然しその場合私
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