人の上にも、二人以上の人々の間にも当然成り立たねばならぬものだ。但《ただ》し両方の場合に於て道徳の内容は知識の変化と共に変化する。知識の内容は外界の変化と共に変化する。それ故道徳は外界の変化につれてまた変化せざるを得ぬ。
 世には道徳の変易性《へんえきせい》を物足らなく思う人が少くないようだ。自分を律して行くべき唯一の規準が絶えず変化せねばならぬという事は、直ちに人間生活の不安定そのものを予想させる。人間の持っている道徳の後には何か不変な或るものがあって、変化し易《やす》い末流の道徳も、謂《い》わばそこに仮りの根ざしを持つものに相違ない。不完全な人間は一気にその普遍不易の道徳の根元を把握《はあく》しがたい為めに、模索の結果として誤ってその一部を彼等の規準とするに過ぎぬ。一部分であるが故に、それは外界の事情によっては修正の必要を生ずるだろうけれども、それは直ちに徹底的に道徳そのものの変易性を証拠立てるものにはならない。そう或る人々は考えるかも知れない。
 それでも私は道徳の内容は絶えず変易するものだと言い張りたい。私に普遍不易に感ぜられるものは、私に内在する道徳性である。即ち知識の集成の
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