もない。凡ての矛盾と渾沌《こんとん》との中にあって私は私自身であろう。私を実価以上に値《ね》ぶみすることをしまい。私を実価以下に虐待することもしまい。私は私の正しい価の中にあることを勉めよう。私の価値がいかに低いものであろうとも、私の正しい価値の中にあろうとするそのこと自身は何物かであらねばならぬ。縦《よ》しそれが何物でもないにしろ、その外に私の採るべき態度はないではないか。一個の金剛石を持つものは、その宝玉の正しい価値に於《おい》てそれを持とうと願うのだろう。私の私自身は宝玉のように尊いものではないかも知れない。然し心持に於ては宝玉を持つ人の心持と少しも変るところがない。
 私は私のもの、私のただ一つのもの。私は私自身を何物にも代え難く愛することから始めねばならない。
 若し私のこの貧しい感想を読む人があった時、この出発点を首肯することが出来ないならば、私はその人に更にいい進むべき何物をも持ち得ない。太初が道《ことば》であるか行《おこない》であるかを(考えるのではなく)知り切っている人に取っては、この感想は無視さるべき無益なものであろう。私は自分が極《きわ》めて低い生活途上に立ってい
前へ 次へ
全173ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング