知るのは、私を極度に厳粛にする。他人に対しては与え得ないきびしい鞭打《むちうち》を与えざるを得ないものは畢竟《ひっきょう》自身に対してだ。誘惑にかかったように私はそこに導かれる。笞《しもと》にはげまされて振い立つ私を見るのも、打撲に抵抗し切れなくなって倒れ伏す私を見るのも、共に私が生きて行く上に、無くてはならぬものであるのを知る。その時に私は勇ましい。私の前には力一杯に生活する私の外には何物をも見ない。私は乗り越え乗り越え、自分の力に押され押されて未見の境界へと険難を侵して進む。そして如何なる生命の威脅にもおびえまいとする。その時傷の痛みは私に或る甘さを味《あじわ》わせる。然しこの自己緊張の極点には往々にして恐ろしい自己疑惑が私を待ち設けている。遂に私は疲れ果てようとする。私の力がもうこの上には私を動かし得ないと思われるような瞬間が来る。私の唯一つの城廓なる私自身が見る見る廃墟《はいきょ》の姿を現わすのを見なければならないのは、私の眼前を暗黒にする。
 けれどもそれらの不安や失望が常に私を脅かすにもかかわらず、太初《はじめ》の何であるかを知らない私には、自身を措《お》いてたよるべき何物
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