この種の生活に於て、私の個性は始めて独立の存在を明かにし、外界との対立を成就する。それは反射の生活である。外界が個性に対して働きかけた時、個性はこれに対して意識的の反応をする。即《すなわ》ち経験と反省とが、私の生活の上に表われて来る。これまで外界に征服されて甘んじていた個性はその独自性を発揮して、外界を相手取って挑戦する。習性的生活に於《おい》て私は無元の世界にいた。智的生活に於て私は始めて二元の生活に入る。ここには私がいる。かしこには外界がある。外界は私に攻め寄せて来る。私は経験という形式によって外界と衝突する。そしてこの経験の戦場から反省という結果が生れ出て来る。それは或る時には勝利で、或る時には敗北であるであろう。
 その何れにせよ、反省は経験の結果を似寄りの部門に選び分ける。かく類別せられた経験の堆積《たいせき》を人々は知識と名づける。知識を整理する為めに私は信憑《しんぴょう》すべき一定の法則を造る。かく知識の堆積の上に建て上げられた法則を人々は道徳と名づける。
 道徳は対人的なものだという見解は一応道理ではあるけれども、私はそうは思わない。孤島に上陸したばかりの孤独なロビンソ
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