の上に個性の座位を造ろうとする虚《うつ》ろな企てには厭《あ》き果てたのだ。それは科学者がその経験物を取り扱う態度を直ちに生命にあてはめようとする愚かな無駄な企てではないか。科学者と実験との間には明かに主客の関係がある。然し私と私の個性との間には寸分の間隙《かんげき》も上下もあってはならぬ。凡ての対立は私にあって消え去らなければならぬ。
未来についても私は同じ事が言い得ると思う。私を除いて私の未来(といわず未来の全体)を完成し得るものはない。未来の成行きを考える場合、私という一人の人間を度外視しては、未来の相は成り立たない。これは少しも高慢な言葉ではない。その未来を築き上げるものは私の現在だ。私の現在が失われているならば、私の未来は生れ出て来ない。私の現在が最上に生きられるなら、私の未来は最上に成り立つ。眼前の緊張からゆるんで、単に未来を空想することが何で未来の創造に塵《ちり》ほどの益にもなり得よう。未来を考えないまでに現在に力を集めた時、よき未来は刻々にして創《つく》り出されているのではないか。
センティメンタリストの痛ましくも甘い涙は私にはない。ロマンティシストの快く華やかな想像
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