視することが出来よう。私の現在は私の魂にまつわりついた過去の凡てではないか。そこには私の親もいる。私の祖先もいる。その人達の仕事の全量がある。その人々や仕事を取り囲んでいた大きな世界もある。或る時にはその上を日も照し雨も潤した。或る時は天界を果《はて》から果まで遊行する彗星《すいせい》が、その稀《ま》れなる光を投げた。或る時は地球の地軸が角度を変えた。それらの有らゆる力はその力の凡てを集めて私の中に積み重っているのではないか。私はどうしてそれを蔑視することが出来よう。私は仮りにその力を忘れていようとも、その力は瞬転の間も私を忘れることはない。ただ私はそれらのものを私の現在から遊離して考えるのを全く無益徒労のことと思うだけだ。それらのものは厳密に私の現在に織りこまれることによってのみその価値を有し得るということに気が付いたのだ。畢竟《ひっきょう》現在の中に摂取し尽された過去は、人が仮りにそれを過去という言葉で呼ぼうとも、私にとっては現在の外の何物でもない。現在というものの本体をここまで持って来なければ、その内容は全く成り立たない。
 私は遊離した状態に在る過去を現在と対立させて、その比較
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