も必ず滋養ある食物として私に役立つだろう。私のこの椅子に身を託して、私の知り得たところを主に私自身のために書き誌《しる》しておこうと思う。私はこれを宣伝の為めに書くのではない。私の経験は狭く貧しくして、とてもそんな普遍的な訴えをなし得ないことを私はよく知っている。ただ私に似たような心の過程に在《あ》る少数の人がこれを読んで僅かにでも会心の微笑を酬《むく》ゆる事があったら、私自身を表現する喜びの上に更に大きな喜びが加えられることになる。
秩序もなく系統もなく、ただ喜びをもって私は書きつづける。
九
センティメンタリズム、リアリズム、ロマンティシズム――この三つのイズムは、その何《いず》れかを抱《いだ》く人の資質によって決定せられる。或る人は過去に現われたもの、若しくは現わるべかりしものに対して愛着を繋ぐ。そして現在をも未来をも能《あた》うべくんば過去という基調によって導こうとする。凡《すべ》ての美しい夢は、経験の結果から生れ出る。経験そのものからではない。そういう見方によって生きる人はセンティメンタリストだ。
また或る人は未来に現われるもの、若しくは現わるべきも
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