とはない。お前の個性が生長して今までのお前を打ち破って、更に新しいお前を造り出すまで、お前は外界の圧迫に余儀なくされて、無理算段をしてまでもお前が動く必然を見なくなる。例えばお前が外界に即した生活を営んでいた時、お前は控え目という道徳を実行していたろう。お前は心にもなく善行をし過すことを恐れて、控目に善行をしていたろう。然しお前は自分の欠点を隠すことに於《おい》ては、中々控目には隠していなかった。寧《むし》ろ恐ろしい大胆さを以て、お前の心の醜い秘密を人に知られまいとしたではないか。お前は人の前では、秘《ひそ》かに自任しているよりも、低く自分の徳を披露《ひろう》して、控目という徳性を満足させておきながら、欲念というような実際の弱点は、一寸見《ちょっとみ》には見つからない程、綿密に上手に隠しおおせていたではないか。そういう態度を私は無理算段と呼ぶのだ。然し私に即した生活にあっては、そんな無理算段はいらないことだ。いかなる欲念も、畢竟《ひっきょう》お前の個性の生長の糧《かて》となるのであるが故に、お前はそれに対して臆病であるべき必要がなくなるだろう。即ち、お前は、私の生長の必然性のためにのみ
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