い土の穴に最後の隠れ家を求めるのだ。私の心もまた兎のようだ。大きな威力は無尽蔵に周囲にある。然し私の怯《おび》えた心はその何れにも無条件的な信頼を持つことが出来ないで、危懼《きく》と躊躇とに満ちた彷徨の果てには、我ながら憐れと思う自分自分に帰って行くのだ。
然し私はこれを弱いものの強味と呼ぶ。何故といえば私の生命の一路はこの極度の弱味から徐《おもむ》ろに育って行ったからだ。
ここまで来て私は自ら任じて強しとする人々と袖《そで》を別たねばならぬ。その人々はもう私に呆《あき》れねばならぬ時が来た。私はしょうことなしに弱さに純一になりつつ、益※[#二の字点、1−2−22]強い人々との交渉から身を退けて行くからだ。ニイチェは弱い人だった。彼もまた弱い人の通性として頑固に自分に執着した。そこから彼の超人の哲学は生れ出たが、そしてそれは強い人に恰好な背景を与える結果にはなったが、それを解して彼が強かったからだと思うのは大きな錯誤といわねばならぬ。ルッソーでもショーペンハウエルでも等しくそうではなかったか。強い人は幸にして偉人となり、義人となり、君子となり、節婦となり、忠臣となる。弱い人はまた幸
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