にして一個の尋常な人間となる。それは人々の好き好きだ。私は弱いが故に後者を選ぶ外《ほか》に途《みち》が残されていなかったのだ。
運命は畢竟不公平であることがない。彼等には彼等のものを与え、私には私のものを与えてくれる。しかも両者は一度は相失う程に分れ別れても、何時《いつ》かは何処かで十字路頭にふと出遇《であ》うのではないだろうか。それは然し私が顧慮するには及ばないことだ。私は私の道を驀地《まっしぐら》に走って行く外はない。で、私は更にこの筆を続けて行く。
六
私の個性は私に告げてこう云う。
私はお前だ。私はお前の精髄だ。私は肉を離れた一つの概念の幽霊ではない。また霊を離れた一つの肉の盲動でもない。お前の外部と内部との溶け合った一つの全体の中に、お前がお前の存在を有《も》っているように、私もまたその全体の中で厳《きび》しく働く力の総和なのだ。お前は地球の地殻のようなものだ。千態万様の相に分れて、地殻は目まぐるしい変化を現じてはいるが、畢竟《ひっきょう》そこに見出されるものは、静止であり、結果であり、死に近づきつつあるものであり、奥行のない現象である。私は謂《い》
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