ではディオニソスとアポロの名で、又欧洲の思潮ではヘブライズムとヘレニズムの名で、仏典では色相と空相の名で、或は唯物唯心、或は個人社会、或は主義趣味、……凡て世にありとあらゆる名詞に対を成さぬ名詞はないと謂《い》ってもいいだろう。私もまたこのアンティセシスの下にある。自分が思い切って一方を取れば、是非退けねばならない他の一方がある。ジェーナスの顔のようにこの二つの極は渾融《こんゆう》を許さず相|反《そむ》いている。然し私としてはその二つの何《いず》れをも潔《いさぎよ》く捨てるに忍びない。私の生の欲求は思いの外に強く深く、何者をも失わないで、凡てを味い尽して墓場に行こうとする。縦令《たとい》私が純一|無垢《むく》の生活を成就しようとも、この存在に属するものの中から何かを捨ててしまわねばならぬとなら、それは私には堪え得ぬまでに淋しいことだ。よし私は矛盾の中に住み通そうとも、人生の味いの凡てを味い尽さなければならぬ。相反して見ゆる二つの極の間に彷徨《さまよ》うために、内部に必然的に起る不安を得ようとも、それに忍んで両極を恐れることなく掴まねばならぬ。若《も》しそれらを掴むのが不可能のことならば
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