そこには上品とか聡明とかいうことから遙《はる》かに遠ざかった多くの vulgarity が残っているのを私自身よく承知している。私は全く凡下《ぼんげ》な執着に駆られて齷齪《あくせく》する衆生《しゅじょう》の一人に過ぎない。ただ私はまだその境界を捨て切ることが出来ない。そして捨て切ることの出来ないのを悪いことだとさえ思わない。漫然と私自身を他の境界に移したら、即ち私の個性を本当に知ろうとの要求を擲《なげう》ったならば、私は今あるよりもなお多くの不安に責められるに違いないのだ。だから私は依然として私自身であろうとする衝動から離れ去ることが出来ない。
 外界の機縁で私を創《つく》り上げる試みに失敗した私は、更に立ちなおって、私と外界とを等分に向い合って立たせようとした。
 私がある。そして私がある以上は私に対立して外界がある。外界は私の内部に明かにその影を投げている。従って私の心の働きは二つの極の間を往来しなければならない。そしてそれが何故悪いのだ。私はまだどんな言葉で、この二つの極の名称をいい現わしていいか知らない。然しこの二つの極は昔から色々な名によって呼ばれている。希臘《ギリシャ》神話
前へ 次へ
全173ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング