、公平な観察者鑑賞者となって、両極の持味を髣髴《ほうふつ》して死のう。
人間として持ち得る最大な特権はこの外にはない。この特権を捨てて、そのあとに残されるものは、捨てるにさえ値しない枯れさびれた残り滓《かす》のみではないか。
五
けれども私はそこにも満足を得ることが出来なかった。私は思いもよらぬ物足らぬ発見をせねばならなかった。両極の観察者になろうとした時、私の力はどんどん私から遁《のが》れ去ってしまったのだ。実験のみをしていて、経験をしない私を見出《みいだ》した時、私は何ともいえない空虚を感じ始めた。私が触れ得たと思う何《いず》れの極も、共に私の命の糧《かて》にはならないで、何処《いずこ》にまれ動き進もうとする力は姿を隠した。私はいつまでも一箇所に立っている。
これは私として極端に堪えがたい事だ。かのハムレットが感じたと思われる空虚や頼りなさはまた私にも存分にしみ通って、私は始めて主義の人の心持を察することが出来た。あの人々は生命の空虚から救い出されたい為めに、他人の自由にまで踏み込んでも、力の限りを一つの極に向って用いつつあるのだ。それは或る場合には他人に
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