うには悟った。然し私のようには悟らなかった。それが一体何になろう。これほど体裁のいい外貌《がいぼう》と、内容の空虚な実質とを併合した心の状態が外にあろうか。この近道らしい迷路を避けなければならないと知ったのは、長い彷徨《ほうこう》を続けた後のことだった。それを知った後でも、私はややもすればこの忌《いま》わしい袋小路につきあたって、すごすごと引き返さねばならなかった。
 私は自分の個性がどんなものであるかを知りたいために、他人の個性に触れて見ようとした。歴史の中にそれを見出そうと勉めたり、芸術の中にそれを見出そうと試みたり、隣人の中にそれを見出そうと求めたりした。私は多少の知識は得たに違いなかった。私の個性の輪廓は、おぼろげながら私の眼に映るように思えぬではなかった。然しそれは結局私ではなかった。
 物を見る事、物をそれ自身の生命に於てあやまたず捕捉する事、それは私が考えていたように容易なことではない。それを成就し得た人こそは世に類《たぐい》なく幸福な人だ。私は見ようと欲しないではなかった。然し見るということの本当の意味を弁《わきま》えていたといえようか。掴《つか》み得たと思うものが暫《
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