務だ。被治者の所有するところのものは治者の所有せざるものだ。治者と被治者とは異った原素から成り立っている。かしこには治者の生活があり、ここには被治者の生活がある。生活そのものにかかる二元的分離はあるべき事なのか。とにもかくにも本能の生活にはかかる分離はない。石の有する本能の方向に有機物は生じた。有機物の有する本能の方向に諸生物は生じた。諸生物の本能の有する方向に人間は生じた。人間の有する本能の方向に本能そのものは動いて行く。凡てが自己への獲得だ。その間に一つの断層もない。百八十度角の方向転換はない。
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今のような人間の進化の程度にあっては、智的生活の棄却は恐らく人間生活そのものの崩壊であるであろう。然しながら、その故を以て本能的生活の危険を説き、圧抑を主張するものがあるとすれば、それは又自己と人類とを自滅に導こうとするものだといわれなければならぬ。この問題を私がこのように抽象的に申し出ると異存のある人はないようだ。けれども仮りにニイチェ一人を持ち出して来ると、その超人の哲学は忽《たちま》ち四方からの非難攻撃に遭《あ》わねばならぬのだ。
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権力と輿
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