《ヴェール》を顔からかきのけない為めに、人は屡※[#二の字点、1−2−22]この気高く美しい娘の存在を忘れようとする。殊《こと》に近代の科学は何の容赦もなく、如何《いか》なる場合にも抵抗しない彼女を、幽閉の憂目にさえ遇《あ》わせようとした。抵抗しないという美徳を逆用して人は彼女を無視しようとする。
 人間がどうしてか程優れた娘を生み出したかと私は驚くばかりだ。彼女は自分の美徳を認めるものが現われ出るまで、それを沽《う》ろうと企てたことが嘗《かつ》てない。沽ろうとした瞬間に美徳が美徳でなくなるという第一義的な真理を本能の如く知っているのは彼女だ。又正しく彼女を取り扱うことの出来ないものが、仮初《かりそめ》にも彼女に近づけば、彼女は見る見るそのやさしい存在から萎《しお》れて行く。そんな人が彼女を捕え得たと思った時には、必ず美しい死を遂げたその亡骸《なきがら》を抱くのみだ。粘土から創り上げられた人間が、どうしてかかる気高い娘を生み得たろう。
 私は私自身を言い現わす為めに彼女に優しい助力を乞おう。私は自分の生長が彼女の柔らかな胸の中に抱かれることによって成就したのを経験しているから。しかし人
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