崩れ終る。
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一人の人の個性はその人の持つ過去全体の総和に過ぎないとある人はいうだろう。否、凡《すべ》ての個性はそれが持つ過去全体の総和に「今」が加わったものだ。そして「今」は過去と未来とを支配し得《う》る。
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ラッセルは本能を区別して創造本能と所有本能の二つにしたと私は聞かされている。私はそうは思わない。本能の本質は所有的動向である。そしてその作用の結果が創造である。
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何故に恋愛が屡※[#二の字点、1−2−22]芸術の主題となるか。芸術は愛の可及的純粋な表現である。そして恋愛は人間の他の行為に勝《まさ》って愛の集約的《インテンシティフ》な、そして全体的な作用であるからだ。
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試みに没我的愛他主義者に問いたい。あなたがその主義を主張するようになってから、あなたはあなた自身に何物をも与えなかったのですか。縦令《たとい》何ものかを与えたとしても、それは全然他を愛する為めの生存に必要なために与えたのですか。然し与えられない為めに悶死《もんし》する人がこの世の中には絶えずいるのですね。それでもあなたはその人達を助ける為めに先《ま》ず自分に必要なものを与えているのですか。そこに何等かの矛盾を感ずることはありませんか。
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私は自分自身を有機的に生活しなければならない。そのためには行為が内部からのみ現われ出なければならない。石の生長のようにではなく、植物の萠芽《ほうが》のように。
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一|艘《そう》の船が海賊船の重囲に陥った。若し敗れたら、海の藻屑《もくず》とならなければならない。若し降《くだ》ったら、賊の刀の錆《さび》とならなければならない。この危機にあって、船員は銘々が最も端的にその生命を死の脅威から救い出そうとするだろう。そしてその必死の努力が同時に、その船の安全を希《ねが》わせ、船中にあって彼と協力すべき人々の安全を希わせるだろう。各員の間には言わず語らずの中に、完全な共同作業が行われるだろう、この同じ心持で人類が常に生きていたら。少くとも事なき時に、私達がこの心持を蔑《ないがし》ろにすることがなかったならば。
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習性的生活はその所産を自己の上に積み上げる。智的生活はその所産を自己の中に貯える。本能的生活は常にその所産を捨てて飛躍する
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