さしく尋ねた。
 「君は学校はどこです」
 「東京です」
 「東京? それじゃもう始まっているんじゃないか」
 「ええ」
 「なぜ帰らないんです」
 「どうしても落第点しか取れない学科があるんでいやになったんです。‥‥それから少し都合もあって」
 「君は絵をやる気なんですか」
 「やれるでしょうか」
 そう言った時、君はまた前と同様な強情らしい、人に迫るような顔つきになった。
 私もそれに対してなんと答えようもなかった。専門家でもない私が、五六枚の絵を見ただけで、その少年の未来の運命全体をどうして大胆にも決定的に言い切る事ができよう。少年の思い入ったような態度を見るにつけ、私にはすべてが恐ろしかった。私は黙っていた。
 「僕はそのうち郷里に――郷里は岩内《いわない》です――帰ります。岩内のそばに硫黄《いおう》を掘り出している所があるんです。その景色を僕は夢にまで見ます。その絵を作り上げて送りますから見てください。……絵が好きなんだけれども、下手《へた》だからだめです」
 私の答えないのを見て、君は自分をたしなめるように堅いさびしい調子でこう言った。そして私の目の前に取り出した何枚かの作
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