が口に任せてどんな生意気を言ったかは幸いな事に今はおおかた忘れてしまっている。しかしとにかく悪口としては技巧が非常にあぶなっかしい事、自然の見方が不親切な事、モティヴが耽情的《たんじょうてき》過ぎる事などをならべたに違いない。君は黙ったまままじまじ[#「まじまじ」に傍点]と目を光らせながら、私の言う事を聞いていた。私が言いたい事だけをあけすけ[#「あけすけ」に傍点]に言ってしまうと、君はしばらく黙りつづけていたが、やがて口のすみだけに始めて笑いらしいものを漏らした。それがまた普通の微笑とも皮肉な痙攣《けいれん》とも思いなされた。
それから二人はまた二十分ほど黙ったままで向かい合ってすわりつづけた。
「じゃまた持って来ますから見てください。今度はもっといいものをかいて来ます」
その沈黙のあとで、君が腰を浮かせながら言ったこれだけの言葉はまた僕を驚かせた。まるで別な、初《うぶ》な、素直な子供でもいったような無邪気な明るい声だったから。
不思議なものは人の心の働きだ。この声一つだった。この声一つが君と私とを堅く結びつけてしまったのだった。私は結局君をいろいろに邪推した事を悔いながらや
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