ない、どこか病質にさえ見えた悒鬱《ゆううつ》な少年時代の君の面影はどこにあるのだろう。また落葉松《からまつ》の幹の表皮からあすこここにのぞき出している針葉の一本をも見のがさずに、愛撫《あいぶ》し理解しようとする、スケッチ帳で想像されるような鋭敏な神経の所有者らしい姿はどこにあるのだろう。地《じ》をつぶしてさしこ[#「さしこ」に傍点]をした厚衣《あつし》を二枚重ね着して、どっしり[#「どっしり」に傍点]と落ち付いた君のすわり形は、私より五寸も高く見えた。筋肉で盛り上がった肩の上に、正しくはめ込まれた、牡牛《おうし》のように太い首に、やや長めな赤銅色の君の顔は、健康そのもののようにしっかり[#「しっかり」に傍点]と乗っていた。筋肉質な君の顔は、どこからどこまで引き締まっていたが、輪郭の正しい目鼻立ちの隈々《くまぐま》には、心の中からわいて出る寛大な微笑の影が、自然に漂っていて、脂肪気のない君の容貌《ようぼう》をも暖かく見せていた。「なんという無類な完全な若者だろう。」私は心の中でこう感嘆した。恋人を紹介する男は、深い猜疑《さいぎ》の目で恋人の心を見守らずにはいられまい。君の与えるすばらしい
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