しん》のランプと、ちょろちょろと燃える木節《きぶし》の囲炉裏火とは、黒い大きな塊的《マッス》とよりこの男を照らさなかった。男がぐっしょり[#「ぐっしょり」に傍点]湿った兵隊の古長靴《ふるながぐつ》を脱ぐのを待って、私は黙ったまま案内に立った。今はもう、この男によって、むだな時間がつぶされないように、いやな気分にさせられないようにと心ひそかに願いながら。
 部屋《へや》にはいって二人が座についてから、私は始めてほんとうにその男を見た。男はぶきっちょう[#「ぶきっちょう」に傍点]に、それでも四角に下座にすわって、丁寧に頭を下げた。
 「しばらく」
 八畳の座敷に余るような※[#「※」は「金へん+肅」、第3水準1−93−39、36−13]《さび》を帯びた太い声がした。
 「あなたはどなたですか」
 大きな男はちょっときまり[#「きまり」に傍点]が悪そうに汗でしとどになったまっかな額をなでた。
 「木本《きもと》です」
 「え、木本君!?[#「!?」は第3水準1−8−78]」
 これが君なのか。私は驚きながら改めてその男をしげしげと見直さなければならなかった。疳《かん》のために背たけも伸び切ら
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