あけて、二畳敷きほどもある大囲炉裏の切られた台所に出て見ると、そこの土間に、一人の男がまだ靴《くつ》も脱がずに突っ立っていた。農場の男も、その男にふさわしく肥《ふと》って大きな内儀《かみ》さんも、普通な背たけにしか見えないほどその客という男は大きかった。言葉どおりの巨人だ。頭からすっぽりと頭巾《ずきん》のついた黒っぽい外套《がいとう》を着て、雪まみれになって、口から白い息をむらむらと吐き出すその姿は、実際人間という感じを起こさせないほどだった。子供までがおびえた目つきをして内儀さんのひざの上に丸まりながら、その男をうろん[#「うろん」に傍点]らしく見詰めていた。
 君ではなかったなと思うと僕は期待に裏切られた失望のために、いらいらしかけていた神経のもどかしい感じがさらにつのるのを覚えた。
 「さ、ま、ずっとこっち[#「こっち」に傍点]にお上がりなすって」
 農場の男は僕の客だというのでできるだけ丁寧にこういって、囲炉裏のそばの煎餅《せんべい》蒲団《ぶとん》を裏返した。
 その男はちょっと頭で挨拶《あいさつ》して囲炉裏の座にはいって来たが、天井の高いだだっ広い台所にともされた五分心《ごぶ
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