や死んでしまったんだ」
大半の生徒は拍子木の声に勇みを覚えたように、机の蓋《ふた》をばたんばたんと音させて風呂敷包を作りはじめる。その中にも今まで聞いていた話の後を知ろうとあせるものがあった。
「先生、先生はどうしてその人を谷底から上に持ち上げた?」
「先生か、先生は持ち上げられなかったから、一人で崕《がけ》を這い上って、村の人に告げた」
「先生、その旗を見せてくれえよ」
柿江は話の都合上、自分は一枚の珍らしい旗を持っている。その旗の持主がまた珍らしい人なのだと前置きをして、その夜の修身を語りはじめたのだった。
「よしよし次の晩旗も見せてやるし、先生がその男の死んだのを村の人に告げてからの話もしてやる。村の人がどれほどその男の偉さに感心したか……」
柿江はそういうと、耳を聾がえらせるような騒々しさの中で、今までの話を続けたい気持にされていた。自分でも思い設けぬような戯曲的な光景があとから口を衝いて出てきそうな気がした。その時突然、
「先生それは皆んな作り話だなあ」
というものがあった。柿江はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。そしてその声のする方を見ると、少し低能じみた、そんな
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