下に真赤にしている横顔へと向けた。
 とにかく柿江はまた一つのセンセーションを惹《ひ》き起した。柿江はじっと渡井を見やりながら、今までの感傷的な顔色をやわらげて、なだめるような笑顔を見せた。
「はははは、何もそう泣かんでもいいよ。……その男は気の毒な死に方をしたけれども、いわば自分の大切な使命のために死んだんだから、悔《くや》むこともなかったろう……」
「それだでなおのこと気の毒だ、わし」
 と渡井が涙の中から無分別げな、自分の感情に溺れきったような声を出した。男の生徒たちは、「おおげさなまねをする奴だ」というように、柿江の笑いに同じた。
 その時尋常四年生の教室――それは壁一重に廊下を隔てた所にあるのだが――がきゅうに賑やかになって、砂きしみのする引戸を開くとがやがや[#「がやがや」に傍点]と廊下に飛びだす子供らの跫音《あしおと》がうるさく聞こえだした。めいめいが硯《すずり》を洗いに、ながしに集まるのだった。柿江は話の腰を折られて……
「先生その人はそれからどうかして生き返るんだろう」
 と一人の男生がその騒がしさの中から中腰に立ち上って柿江に尋ねた。
 終業の拍子木が鳴った。
「い
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